広告と聞いて、華やかでポジティブな印象を持つ人はもう多くはないのかもしれませんが、かつての消費者は企業の打ち出す広告のイメージに憧れ、キャッチコピーに耳を傾けていました。

しかし、人々がSNSなどを通じて消費者同士の横のつながりを強め、企業から降りてくる縦の情報に騙されないための要塞のようにして自分たちをガードするようになったことで、今や広告はまるで消費者の敵であるかのようにも見られています。

それによって、企業はマーケティングに新しいアプローチを取り入れざるを得なくなってきているのです。

アメリカの経済学者フィリップ・コトラーはこれまでのマーケティングを、製品中心(マーケティング1.0)、顧客中心(マーケティング2.0)、人間中心(マーケティング3.0)と定義し、人間中心を発展させた新しいデジタル時代のマーケティングをマーケティング4.0として示しています。



マーケティングアプローチは、製品を販売し、消費者満足を高めた先に、より良い社会を実現するところへ到達した。そのデジタル社会における発展形とは?

このマーケティング4.0のアプローチでは、オフラインとオンラインで同時に、企業と顧客は人間的な交流をするようになります。

確かに、従来のようなマーケティングは、販売元や広告代理店などで階層的になっていて情報が流通しにくく、今のような、自由に誰もが情報を発信し共有できる時代にマッチするはずもありません。

コトラーも以前「満足した顧客は、製品がよかったことを平均3人に話すが、不満のある顧客は、平均11人に不平をもらす」と述べていましたが、もはや一人の消費者の投稿がその幾千人分の力を持って、企業の打ち出す広告よりも数多くの消費者に影響を与えることさえあるのです。



企業の大金を払った広告よりも、顧客の一言の方が強い時代。


例えば、1年ほど前には、耳の聞こえない若者がスターバックスのドライブスルーで手話で注文をした約30秒の動画が、TikTokで視聴数およそ2千万、500万いいねを獲得したこともありました。

このように消費者コミュニティの情報が信頼度を上げる中、SNSだけではなく、缶バッジも人間的な新しいアプローチとしてより大きな影響力を持つようになりつつあります。



結局、「思い出」がすべて。リアルな缶バッジが過去の記憶を刺激する。


自分が良いと感じたサービスや面白いと思う商品を積極的にSNSで発信しつつも、私たちは日々受けるサービスの中でますます、AIがコミュニケーションに進出していることに対して不安を大きくしています。

「この発言は人によるものだろうか」ということから「人であるということはどういうことだろうか」とデジタル化の進む中で、人々は自問し始めているのだそうです。

そうしたことが、インターネットというデータの中だけではなく、缶バッジのようなリアルに触れられる世界での人間的な交流を発展させていくと考えられています。



AIとの関わりが増えるほど、人々はオンラインのコミュニティだけでは不安を感じるようになる

ある制作会社で缶バッジが広く扱われるようになったのも、人々のリアルな横のつながりを表現するツールとして缶バッジを用いたことがきっかけでした。

こちらの会社では、世界から人々が集まるボーイスカウトのイベントに出店することになった際、イベント会場に缶バッジマシンとカメラを持ち込んで、世界中から集まったイベント参加者をその場で写して缶バッジにして販売することにしました。

SNSでつながっていたとしても、そこでしか会うことのない仲間が一つの缶バッジに一緒に写って、それを一緒に持っていられることで、この缶バッジは参加者の距離感を縮めるのに一役買ったことでしょう。



世界中から人々が集まるボーイスカウトのイベントで、この瞬間を収めたバッジを作る

その名も「友缶(ともかん)」というこの缶バッジは、イベントの開催中に買った人が友達に見せるなどしてコミュニティに口コミで広がり、最終的に仲間10人で一つの缶バッジに入ろうというグループが現れ、イベントを盛り上げることになりました。

もともとは、主にホームページを制作している制作会社ですが、缶バッジ制作についても今後、サブスクリプションサービスを視野に入れて取り組んでいきたいとのことでした。

缶バッジを通じたコミュニケーションは、人間中心のマーケティングアプローチをデジタル時代に適用させなければいけない中で、リアルな人間らしさのバランスをとるものになっていくのかもしれません。



ネガティブになりやすいオンラインの場を、缶バッジで中和する


最近の調査では、従来の広告などのマーケティング的なコミュニケーションよりも、Fファクターと呼ばれる「Friends=友達、Families=家族、Fans=ファン、Followers=フォロワー」の方を、消費者は信頼するようになってきているそうです。

企業は、縦方向の一方的なコミュニケーションを見直し、消費者一人一人と友達となるためにはどうすれば良いのか、コミュニティに参加するにはどうすれば良いのかを、真剣に考えていかなくてはなりません。

なぜなら、人々もまた、SNSや缶バッジで、オンライン・オフラインのいろいろな表現ツールを用いて、自ら新しいコンテンツを作り出すことでコミュニティを拡張したいと考えているからです。



オンラインでもオフラインでも、自己実現はデジタルネイティブの若者にとっては、遊びの延長に過ぎない

そもそも、SNSがこれだけ世界中で広まったのも、企業にコントロールされることを最小限に、人々が自分の意思で情報を取捨選択したいと考えているからではないでしょうか。

私たちはSNSなどを通じて、情報は一部の人間が完全に掌握しているものではなく、多くの人が情報のカケラを持っているのだと気付き始めています。

集団の方が賢く、良い結果を生むことは実際に多く、事実、ノーベル賞を受賞した科学者と受賞していない科学者を比べると、受賞した科学者の方が頻繁に共同研究をしているといいます。

集団の知においては様々な研究がなされており、偏っていたり権力が働いていたりするわけでなければ、集団の平均的回答の方が、集団内の一番賢い人よりも正しい答えになるものです。

集団が優れた集団であり続けるためには、その集団に特別優秀な個人がいる必要もないのでしょう。



集団が優れていれば、天才は必要ない。

人々がつながりを広げるマーケティング4.0の社会では、この時代の人々の「接続性」が非常に重要なファクターとして存在します。

消費者同士がスマートフォンなどのマシンで接続する中では、どうしてもそこに完全な信頼は置きにくく、オンラインでこそ言いやすい、苦情などのネガティブな情報の方が目につきやすくもなるでしょう。

しかし、そこに缶バッジがあれば、わずか約5cmの直径に10人の笑顔が押し競饅頭するようなコンテンツが自然と生まれるのです。

缶バッジのようなリアルなツールで人間的なふれあいを補完してコミュニティに血を通わせることは、人々が人間らしい正しさを取り戻し、集団が賢くあり続けるためにも欠かせなくなってくると思います。



参考書籍 :

■フィリップ・コトラー、ヘルマワン・カルタジャヤ、イワン・セティアワン「コトラーのマーケティング4.0 スマートフォン時代の究極法則」朝日新聞出版、2017年
■ジェームズ・スロウィッキー「『みんなの意見』は案外正しい」KADOKAWA、2009年
■小林 弘人「メディア化する企業はなぜ強いのか? ~フリー、シェア、ソーシャルで利益をあげる新常識」技術評論社、2013年